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岡山の著名人:BOSE【ミュージシャン】

1990年にアルバム「スチャダラ大作戦」でデビューしたラップグループ『スチャダラパー』のMCを担当BOSEさんは岡山県出身。
1994年に小沢健二さんとコラボレーションした『今夜はブギーバック』がスマッシュヒットしましたね。

ラップとかヒップポップ系のミュージシャンというと、ワイルドでマッチョな海外アーティストの黒人を連想されることかと思いますが、グループ名が「スチャラカ」で「スーダラ」な「ラッパー」という意味でつけれていることからもわかりますが、前者とは真逆の力の抜けた“オモロ・ラップ”を提唱。
彼らのことをよく知らない人ならお笑い芸人と勘違いしてしまうくらい(?)まったく気どりっ気や飾り気が無い等身大なスタイルが持ち味ですね。

BOSEさんは岡山から東京へ出てきて通っていたデザイン学校『桑沢デザイン研究所』でANIと出逢い意気投合。そこに浪人中のANIの弟であるSHINCOが免許合宿があまりにも退屈だという理由で参加。ANIの同級生の亀井雅文(ナイチョロ亀井)さんを加えて1988年にグループを結成。
※亀井さんはスチャダラパー脱退後は実業家→画家へと転身しています。

1988年の活動開始直後、「第2回DJアンダーグラウンドコンテスト」に参加。『太陽にほえろ』のテーマソングにラップをのせるパフォーマンスで特別賞を受賞、コンテストを主催していたMAJOR FORCEからデビューすることになりました。

デビュー後はミュージシャンとして活動する他にも電気グルーブのピエール瀧さん等とフジテレビ系列の『ポンキッキーズ』にレギュラー出演するなどのタレント活動も多くこなされています。


スチャダラパー ゲームボーイズ PV
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著名人 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2014/03/19 23:33

岡山の著名人:金重陶陽【陶芸家】

金重陶陽(かねしげとうよう)さんは、岡山県和気郡伊部村(現:備前市伊部)出身の備前焼作家で、備前焼で初めて重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された人物です。(本名:金重勇)

金重家は備前六姓のひとつで、父・媒陽(本名:慎三郎)は鳥や動物類の細工物を得意とするやきもの師だった。
陶陽の弟の金重素山、長男の金重道明、三男の金重晃介もそれぞれ陶芸家です。

金重陶陽さんは、江戸時代中期以降に伊万里焼や九谷焼などに押されて人気を失っていた備前焼を再興させることに成功し「備前焼中興の祖」と称されています。

1896年(明治29年)、金重家の長男として生まれた彼は父の影響で5歳で焼き物に興味を持ち土いじりを始めました。

14歳の頃から父親の楳陽に陶技を学んだ彼は、当初は父に倣って細工物を制作していたのですが、やがて桃山備前の研究に取り組むようになり、陶土・窯の構造・窯詰め・焼成法の創意工夫に努め、現代に桃山備前を復活させることに尽力し、備前焼の再興を成し遂げました。

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著名人 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2014/02/12 23:50

岡山の著名人:浮田幸吉【鳥人】

浮田幸吉(うきたこうきち)は、備前国児島郡八浜(現:岡山県玉野市八浜)出身の日本で最初に空を飛んだとされる人物で、鳥人幸吉・表具師幸吉・表具屋幸吉・櫻屋幸吉・備前屋幸吉・備考斎(びんこうさい)などとも呼ばれています。

幸吉は江戸時代中期の宝暦7年(1757年)、児島郡八浜で生まれましたが、彼が7歳の時に父親が亡くなってしまったため、岡山の親戚の紙屋に奉公に出て表具を習うことになりました。
※表具とは、布や紙などを張って仕立てた巻物・掛軸・屏風・襖・などのことで、それを仕立てることを表装,表装を職業とする人を表具師といいます。

奉公の仕事は厳しいものだったのですが、辛抱強くて手先が器用だった幸吉の表装の仕事の腕はめきめきと上達したと言います。

いつしか空を飛ぶ鳥に興味を持った幸吉、普通の人ならば“鳥のように飛べたらいいなぁ”と思うだけで終わらせるところを、実際に自分も鳥のように飛ぼうと行動に移してしまいました。

江戸時代の中期頃というと、あの有名なライト兄弟に影響を与えたドイツのオットー・リリエンタールが初飛行したのが1891年なので、それよりも100年以上も前。1849年のジョージ・ケイリーのグライダーによる有人滑空実験よりも60年以上前のことです。

当然、航空力学などというものはありませんし、普通に考えるなら適当に大きな翼を作ってソレをしょって高いところから飛び降りてみる…というように思うのですが、幸吉のアプローチの仕方は一味違っていました。

まずは鳥が空を飛ぶ様をしっかりと観察。時には鳥を生け捕って羽の長さと体重を測定したりもしました。
その結果、「鳥の羽と胴の重さを計測しその割合を導き出す。それを人間の体に相当する翼を作れば人間も鳥と同じように空を飛べるはずである」と結論づけたのだそうです。

すごく論理的で驚きます。まるで学者じゃないですか。
翼の形状によって発生する浮力についてはどこまで考えていたのかはわかりませんが、鳥の飛ぶ姿をジックリと研究した彼ですから、鳥の翼の断面の曲線もある程度は模倣していたのではないでしょうか。

そして、表具師の仕事で培った技術を応用して、竹を骨組みに紙と布を張り、柿渋を塗って強度を持たせた翼の試作を繰り返します。

一月ほどで翼は完成し、故郷の八浜にある八幡宮の境内から下り坂を駆け下り地面から浮きあがることに成功、スグに落下するも、飛べることを実証することに成功。
次は岡山に戻って旭川に掛かる京橋の欄干からの飛行にチャレンジ!

この挑戦は数メートル滑空して上空で円を描いたとも、すぐに落下してしまったとも言われていますが、とんでもない騒ぎに発展してしまったことからも、“跳んだ”のではなく“飛ぶ”ことに成功したことは間違いないようです。

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著名人 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2014/02/10 23:57

岡山の著名人:森陶岳【陶芸家】

森 陶岳(もり とうがく)さんは、備前焼窯元六姓の流れをくむ岡山県備前市出身の陶芸家で、岡山県指定重要無形文化財保持者です。
(本名は森才蔵)
1937年(昭和12年)生まれで、今年で77歳を迎える森さんは、桃山時代から代々続く備前の窯元を継承し、20余年来大窯による作陶・研究を続けておられます。

大学を卒業後、中学の美術教師を三年間勤めた後に退職、陶芸の道に入った森さんですが、「小さな窯では“古備前の魅力”の謎解きは出来ない」と、古備前が焼成された中世の大窯焼成計画をたてます。

まずは1980年に兵庫県の相生市の山中で全長46mの半地下直炎式登り窯を作り、ここで備前陶器多数を焼成。
その後間もない1985年に岡山県瀬戸内市牛窓(当時:邑久郡牛窓町)に移り、全長53mの「寒風大窯(さぶかぜおおがま)」を築いて1986年~2011年の間に6回、作品を焼いています。

そして2005年から弟子たちと古備前が生産された大窯時代の共同作業の仕組みを取り入れて、2008年夏に寒風新大窯を完成、新窯の性能を確かめる空焚き(からだき)も成功。
この全長85mもある備前焼史上最大の新大窯への作品の窯詰めも八割方が完了し、来年1月に予定している火入れへ、いよいよ大詰めを迎えているそうです。

2002年に日本陶磁協会賞の金賞受賞。
2005年に文化庁長官表彰。
2006年には紫綬褒章・福武文化賞・岡山県三木記念賞を受賞。

これまでも素晴らしい功績を残されてきた森さんの作品は日本国内外の美術館などに収蔵されているのですが、来る来年の初窯焼成によって新たなる名品が誕生するのは間違いなさそうですね。

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著名人 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2014/01/13 23:51

岡山の著名人:大山康晴【将棋棋士】

元日本将棋連盟会長であり、将棋界初の文化功労者顕彰された故・大山康晴(おおやまやすはる)さんは岡山県倉敷市出身の将棋棋士です。

岡山県の地方ローカル局:山陽放送のみで流されていた、津山市の多胡本家酒造場 の「加茂五葉(かもいつは)」のテレビCMに出演。
『酒は断然…加茂五葉ですね…。…加茂五葉のご用命は…岡山河内屋へ…どうぞ。』という、なんとも独特な間のしゃべり方が印象に残っています。
(昭和40年代頃に流されていたCMなので岡山県在住でも若い世代ではご存知ない方が多いでしょうね。)

1923年(大正12年)、岡山県浅口郡河内町(現・倉敷市)に生まれた大山さんは5歳で将棋を覚え、12歳で大阪の木見金治郎九段に入門。
順調に昇段していくも師匠である木見金治郎さんの影響で中将棋(ちゅうしょうぎ:使用する駒の数が多い将棋)や囲碁にハマってしまい、昇段出来なくなってしまうこともありました。
しかしご本人曰く、中将棋から駒の連携を重視する用心深く粘りのある棋風が生まれたのだそうです。

17歳で四段に、20歳で六段にするなどその才能をメキメキと発揮するも、太平洋戦争中の1944年(昭和19年)には招集を受けて南九州に配属されました。
ところが運良く上官が将棋好きだったことが幸いし、ほとんど危険な目に合うことない恵まれた軍隊生活をすごされたようです。

終戦後、棋士に戻った彼はその才能を発揮、連覇を重ねて1948年(昭和23年)には、第7期名人戦に挑むまでになるも敗退。A級八段にまで昇段しています。
1952年(昭和27年)、第11期名人戦で木村義雄名人に挑戦し4勝1敗で勝利、29歳の若さで実力制3人目の名人位に就きました。

それから5連覇を達成し、1956年(昭和31年)には永世名人(十五世名人)の資格を得て、名人・王将の二冠を三年間保持されています。

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著名人 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/12/21 23:56
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