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岡山県の地名アレコレ【美咲町】

美咲町の読みづらい地名、ちょっと変わった地名、ちょっと紛らわしい地名などを紹介しましょう。

【読みづらい地名】

上口(うえくち) “うわくち”と読んでしまいがち
小原(おばら)“おはら”ではなく“おばら”と濁ります
書副(かいぞえ)こ、これは難しい…
越尾(こよお)由来が知りたいですね
角石祖母(ついしぼ)隣の岡山市北区(旧建部町)には角石谷(ついしだに)という地名もあります
塚角(つかつの)角を埋めた塚でもあるんでしょうか?
百々(どうどう)百=十×十で“どうどう”…ならば“どうどうどうどう”なのでは(苦笑)
八神(ねりがみ)“やがみ”と読んじゃいますよねー
羽仁(はに)
久木(ひさぎ)
柵原(やなはら)
飯岡(ゆうか)
連石(れんじゃく)


【織物が盛んだった美咲町】

美咲町(旧中央町)にはかつて“打穴(うたの)村”という地名があり、現在も「打穴上(うたのかみ)」「打穴北(うたのきた)」「打穴里(うたのさと)」「打穴下(うたのしも)」「打穴中(うたのなか)」「打穴西(うたのにし)」という地名で残っています。
このあまりなじみのない“打穴(うたの)”ってどういう意味か調べてみたところ、織物に関係していることがわかりました。
「砧(きぬた)」という道具を使用して(打って)ツヤ出しをした綾織物を「打ち綾(うちあや)」と読んでいたそうなのですが、この地域ではこの打ち綾職人が多く暮らしていたので「打ち綾」と呼ばれていたのが転じて「うたの」になり、いつしか「打穴」という字をあてるようになったと言われているそうです。
美咲町には「錦織(にしこり)」という地名もあることからも織物が盛んに行われていた地域だったということが窺われます。


【垪和って?】

「垪和(はが)」は美咲町・久米南町・旧建部町(現:岡山市北区)に渡る、かつての垪和郷で、現在も「大垪和西(おおはがにし)」「大垪和東(おおはがひがし)」「中垪和(なかはが)」「西垪和(にしはが)」という地名で残っています。
垪和の由来ですが、“五世紀初めごろ、応神天皇の子大葉枝王が吉備に来て、久米郡賀茂郷を拓き羽具部と和して垪和彦命と号した。この命を祀って垪和社とし、社の周辺を垪和と呼んで、地方一帯を賀茂郷と称した”のだそうです【垪和神社記】。
日本棚田百選にも選ばれた、のどなか山里ではありますが昔は軍事とも拘わりあいが深かった地域のようでちょっと意外な一面のある所ですね。

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地名アレコレ | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2011/11/30 15:36
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