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岡山の著名人:【映画監督】中田秀夫

TVから這い出てくるシーンがインパクトあった映画『リング』シリーズの最新作、『貞子3D』が5月12日(土)から全国公開されますね。確かにあのシーンは3Dで観ると更に強烈なものになりそうです。
このシリーズ最新作『貞子3D』を監督したのは“英勉(はなぶさつとむ)”さんで、代表作は『ハンサム★スーツ』『高校デビュー』などコメディー系の作品を手掛けてきた人なのですが、ホラー作品をどのように演出されるのか注目です。

このリングシリーズの第一作『リング』、その続編『リング2』を監督して大ヒットを飛ばし、一躍J
ホラー(ジャパニーズホラー)の第一人者となり、ハリウッド版リメイク作『ザ・リング』の二作目『ザ・リング2』を自らの手でリメイクしたことで知られるのが“中田秀夫”監督です。

中田監督は、岡山県浅口郡金光町(現:浅口市)の出身。
地元の高校卒業後は東大の工学部応用物理学科に進学する予定を変更し、教養学部アジア学科へ進学・卒業。
この在学中に映画評論家の蓮實重彦(はすみしげひこ)の映画ゼミに参加し、多大な影響を受けたのだそうです。
そして大学卒業後に“にっかつ撮影所”に入社。助監督を経験後、TVドラマ『本当にあった怖い話』(1992年)にて監督デビューを果たしています。

この作品もホラーですし、映画監督デビュー作『女優霊』(1996年)もホラー。
やっぱり中田監督=ホラー作品というイメージになってしまうのですが、中田監督本人曰く「本当に撮りたいものはホラーではない」とのことで、実際はメロドラマが好きで『マイ・フェア・レディ』(1964年・ジョージ・キューカー監督)が一番好きな映画作品なのだそうです。
2000年に監督した手塚治虫原作の『ガラスの脳』は、そんな中田監督の念願が叶った作品と言えますね。

しかし、それではなぜ中田監督はホラー作品を多く手掛けているのでしょうか?

それはTVドラマ『本当にあった怖い話』のあと、“文化庁芸術家在外研修員”としてイギリスに渡ったことがきっかけなのです。
ロンドンのフィルム・アーカイブで「発見」した、ほとんどが日本未公開の“ジョセフ・ロージー”の50年代の映画を発見。複数の名前を使い映画を製作し発表していたロージーに強く興味を引かれた彼は、ロージーについてのドキュメンタリー映画を撮ろうと思い立った時、所属していた“にっかつ”の倒産のニュースが。

「日本に帰っても仕事が無い。ここで一旗あげねば。」と考え、この映画製作に向けて準備を進めるも自主映画作品を制作する資金にはまったくの目途が立たず。
友人や学校の恩師、はたまた先輩映画監督など約100人から出資金を募ることで映画撮影は進めることが出来たが、その資金も尽きて作品として仕上げられない状況になり、そこで考えたのが「日本で何か仕事をして、そのギャラで映画を完成させる」というもの。

「とにかくプロデューサー受けのいい企画を」ということで、ひねり出されたのが『女優霊』の基本アイディア。
そしてみごと『女優霊』の企画がとおって映画になり、その後も二本の映画を手掛け資金を得て、ロージーのドキュメンタリー映画『ジョセフ・ロージー 四つの名を持つ男』(1998年)が完成、公開されることとなったのですが…

『女優霊』は“中田監督の初期作品の傑作”“Jホラーの礎だ”と評される一方で、“怖くない”という意見も少なからずあり、「今度は怖がらせてやる」という想いで鈴木光司原作の『リング』を製作することにしたのだそうです。

そしてこの『リング』が大ヒット!一躍、“中田秀夫”という名前を世に知らしめることになります。
大ヒットした作品の監督には当然その続編や同ジャンルの作品が求められるもの。『リング2』『仄暗い水の底から』ともにヒットさせた中田監督はすっかりJホラーの第一人者としてのイメージが定着してしまったんですね。

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著名人 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/05/01 23:23
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