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歴史書裏付ける棟札を発見

戦国時代、津山市には毛利元就の拠点として、従来からあった城郭を毛利の武将:大蔵甚兵衛尚清(おおくらじんべえなおきよ)が大改築した神楽尾城(かぐらおじょう)がありました。
津山城跡である鶴山公園から北へ約2.5km。津山盆地ほぼ中央にある神楽尾山の山頂にあり、現在は城址を見ることが出来ます。

その本丸には守護神である天剣大明神(あまつるぎだいみょうじん)を祀る天剣神社(あまつるぎじんじゃ)があったのですが、土岐は戦国時代。
吉井川を挟んだ荒神山(こうじんやま)に対立する宇喜多直家の美作の拠点となる荒神山城が造られたことから、大蔵尚清は天剣神社を戦火から避けさせるために本丸から神楽尾山の麓(現在の津山市上田邑)に移して再建しました。
その時に新たに立てられた神社に大蔵尚清の書いた棟札(むなふだ・むねふだ)が収められたそうです。

その後、天剣神社は1918年(大正7年)に現在の下田邑にある田神社(たじんじゃ)と合祀(ごうし)したため、現在は津山市に天剣神社という名の神社は残っていません。

これはこの地域の歴史を綴った歴史書『作陽史』に記述されていることなのですが、そのことを証明するものは現在残っていないと考えられていました。

ところが天剣神社の棟札のことを『作陽史』で知った“田邑歴史研究会”に所属する方が、天剣神社が合祀した田神社の本殿を探したところ、その棟札を発見したそうです。

実に440年の時を経た現在、誰もその存在を知らなかった貴重な歴史的資料の発見、すごいですね!
津山市教委に文化財指定を提案することにしているそうですが、それ以上の価値のある物のようにも思えますよね。

天剣神社 戦国期建設時の棟札発見…津山

 津山市の田邑歴史研究会(西山正美会長)は29日、同市上田邑に戦国時代の1570年(永禄13年)に建立された天剣(あまつるぎ)神社の建設当時の棟札を、同市下田邑の田神社の本殿で発見したと発表した。棟札は津山藩の歴史書「作陽誌」にも記載されており、同会は「実物が見つかったことで、記述と一致することが確認できた」としている。

 棟札は、寺社建立や修繕の際に作成するもので、同会の長尾順太郎さん(65)が昨年10月に見つけた。今回見つかった棟札は縦179センチ、横14センチの杉板製。建設主の毛利家の武将、大蔵甚兵衛尚清の名前や永禄13年6月朔日(ついたち)の日付けなどが墨で書かれている。

 作陽誌によると、天剣神社は858年(天安2年)の創建とされ、神楽尾山の山上にあったが、戦国時代の戦火を避けるために、大蔵氏が西の麓に移転再建させたと記述されている。1918年に田神社に合祀(ごうし)され、建物は消失した。

 発見した長尾さんは「天剣神社は有力な神社だったが、合祀をきっかけに歴史から消えていた。今回の発見で神社の歴史が明らかになって本当によかった」と話している。

 同会では、津山市教委に文化財指定を提案することにしている。

YOMIURI ONLINE|読売新聞 天剣神社 戦国期建設時の棟札発見…津山(2014/01/30)

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ニュース | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2014/01/30 23:27
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